新・自然遊悠学

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2015年 12月 29日 ( 1 )


2015年 12月 29日

1340 単独行

 山へ行く方法。この行動に対して、単独で行く場合とパーティーを組んで行く二手の手段がある。いずれも短所長所があって、安全帰環を最優先しなければいけない。若かりしころ、「山で死ねたらそれも良かろう。」と、こんな志向があったが、年月が経過するいちに、「命の大切さを知る。」それは生きている間、自分で考えた8000種植物群の中で、日本に自生している山地植物ぐらいは目が黒いうちに、できるだけ拝見してみたいと願いをこめた、ひとつの理由があったからだ。未だ見ぬ野生植物がどこにどのような姿で、植物種をこの世に継続している様に、かなりのめりこんだ興味魅力を抱き続けて今日に至る。山地植物探索であれば、単独行動が手っ取り早い。大方、植物名を知るには「花の開花時期」と相場は決まっている。そこで実際に行動する際、友人知人との同行もよかろうが、彼らの休日は定休日なるものが存在し、人の都合日程に合わせなければいけない。しかし、それより一人での暇な時期を瞬時に決定できることを優先している。以下は同行者との山行きで、失望した経験を披露する。

 一時、野生ランブームのころ、仲間3名できのこ狩りの最中、ラン開花はすでに終了していたが、葉しかないものの自分のラン知識であれば、たやすくラン名を即座に判断できた。「この花は貴重なランだから大切にしている。」こんなことを友人に言ったことを記憶している。それから数年後、友人宅に御用があって立ち寄り、なんとなく庭を眺めたら、あの野生ランが飛び込んできた。それもかなりまとまったらんが6月ゆえに咲き誇っていたではないか。自分は言葉を失い落胆してしまう。1歩2本なら許すと徒が出来よう。ラン野性自生地の全部を盗掘した事実がここにあった。当然、採集された場所に春になれば逞しく咲いている欄の姿は皆無であった。それ以来、問題の友人とは決別し、特別な理由がない限り、高山植物ウオッチングでは単独行動と決め込んでいる。

 花同様、山菜、きのこ、イワナでもあの痛ましい事件以来、単独行を心がけている。それは度重なる裏切り行為に手を焼いた結果そうなった。知人に山狩りを教えれば、良かろういい思い出が脳裏にインプットされ、記憶を受け継ぎ、山の掟違反を日常茶番劇のごとく、山を荒らされた経験が多々あった。せめて一言、山狩り日を知らせてくれればよかろ。それもやらないで勝手に行ってしまえば、山狩り日が自分と重なり、バツ悪そうないやな出会いもあるのだ。いずれにしても自分の遊び場は自分だけの秘密の山狩りがあって、誰も知らない誰とも行き会わない、そんな場所へたった一人で自然遊悠学をやってみれば、たとえようもない快感を享受する喜びが単独行には存在する。
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by yuuyuugaku-ueno | 2015-12-29 12:16 | 自然遊悠学論