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2014年 01月 31日

686 冬渓流

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 イワナが棲んでいる渓流を歩くが、たった一匹だけ魚影を確認しただけに終わる。
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by yuuyuugaku-ueno | 2014-01-31 14:36 | おらが風景
2014年 01月 30日

685 冬滝

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氷に覆われた滝。
暖冬の影響があり滝氷結はさほどでもない。
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by yuuyuugaku-ueno | 2014-01-30 16:07 | おらが風景
2014年 01月 28日

684 健康食

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病気になりにくい食事。
カボチャ、牛飼洋さん地の産物を斜め前の家の人が煮てくれた。
干し魚、カタクチイワシんの全量を食べる。
シシトウ、トウガラシ、シソを炒めて味噌味にしたもの。
キンピラ、鶏肉で炒めたもの。
マイタケ煮物。高野豆腐、コンニャク、ニンジン、ゴボウ、干ダイコン。
べったら漬。
薬草、メグスリノキ、キハダ、クマヤナギ。煎じたもの。
チタケのナス炒め。
ごはん。
納豆。
ポテトサラダ。ホウレンソウゴマ入り。豆腐。

 時間のある特はゆっくり噛んで食べる。
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by yuuyuugaku-ueno | 2014-01-28 16:55 | 不老不死
2014年 01月 27日

683 越冬食料

 古い古い古い友人がやってきて越冬食料を持ってきてくれました。
 これがあれば無事に冬が越せそうです。

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タマネギ、、ジャガイモ、ソーセイジ、ハムなど。

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ステーキ肉、きびなご、酒カス、シャケ、ローストビーフ、ニシン、コダイ、サバ。

 古い友人さん、ありがとうございます。
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by yuuyuugaku-ueno | 2014-01-27 14:47 | なんでもござる
2014年 01月 25日

682 知の集結

 私たちが今日あるのは先人知識があってこそ生きていることができる。何事においても最初に考え試行錯誤し実行の賜物があったから、世の中の仕組みはできたのだ。以下は知について格闘した尊敬にあたいする巨人たちをとりあげてみる。

 登山家

 若いころ山岳雑誌、山と渓谷に連載された、新田次郎による孤高の人主人公単独登山家加藤文太郎に憧れ氏の登山スタイルを見習い実施したことがある。例えば冬山登山で丸くなって寝る、甘納豆を持参するなど面白い体験をした。さすがに現代の今ではテント生活から装備まで一新されたこともあって、加藤文太郎流ではなく自分流で山を歩いている。けれどの青春時代にあこがれたことは確かだ。
 加藤文太郎以降、登山家で尊敬する人はいないが、80歳になって世界最高峰8878メートル山頂に登頂した三浦雄一郎氏の活躍は立派そのもので、高年齢渓流師や登山者への勇気・模範になった事実が残され、登山界その他一般社会へかなり影響を与えてくれた。

  写真家

 日本人は大のカメラ好き人類といまさら申し上げることもなかろう。当然、カメラ業界も世界一優れていることはカメラ好き国民性からきている。自宅が貧乏であったにもかかわらず、植野家にはカメラがあった。長女と二男がそれぞれ一台づつ持っていた。それを無断拝借しながら、カメラマン気どりでパチリパチリ写真を撮っていた。
 時は流れ舞台は屋久島にある、万代杉撮影をやった。なかなかの自信作に仕上がりパネルにして白黒写真となる。けれどもある日、カメラ毎日(現在は廃刊雑誌)刊頭グラビアを飾ったある写真家の手になる万代杉写真が掲載された。それを見た瞬間、私の写真家の夢は消滅、モチーフのカメラアングル、レンズ選択、周辺の空気感すべてのカメラ分野は自分のカメラアイと比べて勝ってたことにきずく。
 写真家の名は土門拳、「鬼の土門」といわれている写真家だ。氏はとっくに天国へ逝ってしまったが、いまだに土門拳を凌ぐ写真家はいない。それから氏の著者を読破し写真を撮る姿勢、リアリズムに徹した土門拳を尊敬し見習った。けれどの写真歴50年を過ぎた今でも、土門拳を上回る写真は撮れないでいる。氏の右に出る写真家はいない、左に出る写真家もいない。
 土門拳最晩年、脳梗塞から復活したある日、こんな逸話が残っている。
 女人高野といわれた室生寺五重塔撮影の際、リアリズムそのものであった土門が、五重塔化粧する瞬間を持っていた。雪という化粧した室生寺五重塔をラストテーマで撮影に望んだ。「先生雪です。」宿の女将が告げれば、「よし」といって涙を流しながら写真撮影をやった。それからの土門拳は「鬼の土門」から「仏の土門」になったのである。



 続く
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by yuuyuugaku-ueno | 2014-01-25 15:58 | なんでもござる
2014年 01月 23日

681 山岳趣味人の周辺

 はじめに

 家庭を養い仕事に精を出すサラリーマン&自営業者の人が生活する際、何がしかのストレスを生じる紳士淑女は多数派であろう。ストレス解消法として、仕事に対して正反対である趣味を持つことができれば、精神的ダメージを緩和してくれることは間違いない。
 趣味には自宅でできることもあるものの、家庭内ではさほどストレス発散とはいかない。そこで野外活動での趣味について、ここでは山岳趣味周辺について語ることにする。

 クライマー

 生と死の狭間で活躍できるクライマーこそ世界が開ける憧れの山趣味といえる。岩登りに賭ける岳人が目指す五大陸未踏の岸壁に挑む岩家となれば、世間から注目され岩壁登攀成功者は花形スターとなる。ヒマラヤ岩峰を志向するクライマーの山岳趣味人トップ位置は揺らぐことはない。

 登山家

 広義に解釈すればクライマーも登山家ではあるけれど、主に岩壁を登るクライマーとピーク尾根を登る登山家ではかなり山岳レベルの差がある。けれども最近の登山家マナーはすこぶる優秀といえる。山頂ルート沿いにゴミはほとんどなく清々しく、登山道に咲いている高山植物ウオッチングも楽しめて、趣味登山による精神的開放感によるストレス解消は計りしれない魅力だ。
 私は登山家に山岳趣味二番手にし推挙したい。

 狩人・釣り人

 動物を殺すハンター、イワナとヤマメを殺す(一部フライマンは除く)釣り人、いわゆる山の獲物を捕獲する山岳趣味人はクライマーあるいは登山家と比べれば精神レベルはかなり低次元位置に甘んじている。山岳渓流におけるゴミの散乱は話しにならない惨状を露呈しているからだ。おまけとして釣り人による無差別容赦ない渓魚乱獲、イワナたちの悲鳴が聞こえる。

 山菜&きのこ狩り

 山岳趣味人最下位なのが山菜ときのこ狩りを趣味とする人の集団。この人たちは山菜ときのこだけを山から持ち去り、ゴミはすべて捨ててしまう野蛮無能軍団衆。「自分たちだけ楽しめばよい。」こんな人たちはやがて山の神様から天誅をくらうからそのつもりで。誰も見ていないと安心することはなく、常に山の神様はゴミ捨て人の上に鎮座していることを忘れないでほしい。

 
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by yuuyuugaku-ueno | 2014-01-23 16:06 | 岩魚物語
2014年 01月 22日

680 定(じょう)イワナ

 若いころ

 ヒマラヤの高峰を目指して山岳トレーニングに励んでいた若い時代、岩登り、沢登りを中心に山に登っていた。物心ついたころから釣りはやっていた。それは平野部の釣りでヤマベという魚であった。自宅が戦争疎開者であった理由で、少年時代に釣り上げたヤマベは母親の手料理ヤマベ甘露煮となり、我が家のおかずになる。また長期夏休みではナマズ、フナライギョ漁に励み、すべててんぷらになる。魚さばきは私の仕事、3枚におろす作業はこの時代に覚えた。

 16歳、奥秩父滝川沿いにある登山道を歩き釣橋小屋(現在は倒壊)に宿泊、その際、小屋にあった囲炉裏を囲むように見知らぬ魚を串焼きにしている釣り人らしい年配の人がいた。魚の登ることができなう滝があるのに、塩焼きにされた魚はどのようにして滝を越えた奥地まで棲息可能なのか、平野部で育った私にはその理由は不明であった。

 山釣り開始

 極地における適用性不可の烙印を押され、手首の腱鞘炎、失意のどん底二重苦を救ってくれたのが、少年時代から釣り好きだった理由もあり、当時未開であった山岳渓流を歩くことを決意する。我がふるさと奥秩父、栃木の渓流をホームグランドに、費用があるときには時には県境越え会津、バイクにまたがり奥羽山地までイワナ遍歴をやった。

 定イワナ

 新潟県飯豊連峰釣行中、見知らぬ男とであった。「定イワナ釣ったことあるか。」と尋ねられる。「そんなイワナ知らない。」と、ぶっきらぼうに答える。男は中年イワナ釣師で、謎めいたせりふを得意そうに告げる。「滝壺で生まれ、イワナの一生を淵だけで終わる渓魚が定イワナだ。」さらに「とんでもない奥地にもイワナはいる。」男は得意そうに告げた。

 奥地へ

 血気盛んなプライド高い私の山釣り闘志をかきたてた謎の男との出会い以降、得意だった沢登り技術を駆使し魚止め滝以遠挑戦は開始される。しかし滝上部にはイワナがいたり、いなかったり、男のいう定イワナらしい渓魚は見つからなかった。確かに奥山滝淵に魚影を発見、釣り上げて下部イワナと比較しても、体側にある朱点が鮮やかに浮き上がっているだけで、このイワナが定イワナである証拠にはならなかった。

 謎のイワナの正体

 それから飯豊男とは再会していない。滝と滝に挟まれたわずかな空間に棲息するイワナはいる。それは滝上流にイワナが棲息している場合に限り、滝淵だけで暮らしているイワナなのだ。私のこれまでの山釣り経験から判断して、「こぼれイワナ」こそ定イワナの正体と結論を得るにいたる。イワナはどこまでいってもイワナであり、人間のように足なしだから滝を越えることはできない。幻のイワナはかなりの悪条件ゴルジュ帯棲息は滝上イワナの存在があってこそ定イワナも棲むことができる。
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by yuuyuugaku-ueno | 2014-01-22 16:53 | 岩魚物語
2014年 01月 21日

679   イワナの将来その展望

 天然イワナの将来

 1パーセントまで落ち込み残りわずかになってしまったイワナではあるけれど、イワナ属世界分布最南限極寒地において今なお逞しく棲息する天然イワナは健在だ。ここまでイワナ渓流師が山釣りをやってこられたのは先人たちによる、遡上止め滝下部から渓魚を移殖放流した自然遺産があったからだ。そのイワナたちをよってたかって無差別に争奪してしまった結果、天然イワナは極端に減少したのである。
 イワナに携わって50年余、先人たちに見習い下流部と上流部へのイワナ交流を果たしたおかげで、あまり知られていない源流に限ってイワナの復活を見た。また移殖放流というイワナ大儀に共有する同胞たちの輪が広がり、夢のイワナ舞台登場もできつつある。幸いイワナ空白部がかなり残され新たな移殖放流を積極的に実施させれば、1パーセントイワナから10パーセントイワナ棲息は可能であると信じている。

 「弁当箱あるいはビニール袋に稚魚を入れて運んだ。」こんな先人の苦労を重ねた放流談からい今では便利な生かし箱、布びくまで進化した移殖放流グッズがある。その道具を使い魚止め滝からイワナの棲んでいない上流へ渓魚を運んでしまえば新天地イワナ誕生への幕が開ける。

 度重なるイワナ遍歴のわずかな時間を割いてイワナを育てた。再訪問の機会を設けイワナを見に行く。そこには信じられないイワナ魚影を発見できる。あるはなんらかに事情があって魚影なしだったこともあるが、そんな場面は新たな試作を試みる。新しいイワナたち誕生にいたれば、山釣りでイワナを釣ること以上の歓喜があり胸に厚いものが走る。これらは実際に移殖放流をやった人だけが体験できる何ごとにも勝る快感である。

 大寒の今、渓流釣り解禁まで先は長い。
 越冬イワナに共感する渓流師出番を願ってやまない。
 
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by yuuyuugaku-ueno | 2014-01-21 15:24 | 岩魚物語
2014年 01月 18日

678 料理人見習い

 古い友人が作ってくれた私の名刺に書かれている山岳ガイドのほかに、山村食文化研究会という肩書きがある。東北を中心にイワナ遍歴の最中、山地民からのおもてなしがあり、主に山菜きのこをメインとした素朴な一品を賞味し感銘を受けたのを覚えている。なんといっても、採取したてである新鮮でみずみずしい山の幸を提供してくれたのである。度重なる東北詣での結果、山の幸を利用する単独行におけるキャンプメニューをなんとなく会得できた。それに加えて山の産物の保存活用も三依に居を構えてから本格的に参入する。

 名刺に書かれている民間山村食文化伝承を何とか受けつなげたいと考えても、1品年1回の仕込みを10年やってみたが、最終集落で味わった婆様のような田舎味をいまだに出せないでいる。例えばワラビの保存から一品料理まで、毎年ワラビ味は安定しないでいる。そろそろ山村食文化最終レシピを確立したと願っているが今年仕上げることができるかできないか、なかなか難しい。特にきのこは難問題を含んでいる。それはきのこ発生がない昨年のようなことが起これば、仕込みすらできない。

 15~16年まえのころ、料理人の世界に首を突っ込んだことがある。某結婚式場郷土料理を兼ねた割烹料理店に弟子入りした。毎日毎日なべ洗いばかり、それが終われば親方(料理人の世界では料理長のことを親方と呼んでいる)仕込みの料理を盛り付ける皿を人数分だけ並べる作業だ。親方が決めた当日の料理一覧に従い定数の盛り皿そろえる。私が並べた皿の上に親方が盛り付ける。見習いである私の出番はなく、うまそうに盛り付ける親方の料理作法を盗みとることを励んでいた。料理部屋はコンクリートに囲まれた暖房なし、冬季であったから極寒地のような寒さに閉口したもんだ。しかし割烹で学んだ料理経験は今の家庭料理と山村食文化研究レシピに大いなる食文化遺産になった。

 
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by yuuyuugaku-ueno | 2014-01-18 15:35 | なんでもござる
2014年 01月 16日

677 落武者イワナ

 私の住んでいる近くに湯西川という温泉地がある。福島県と栃木県の背中合わせの地域で山国らしい雰囲気を持っている。また平家の落人伝説が有名な温泉地がある。シーズンを通して各種催しがお客を巧みに誘っている。まもなく冬のイベント、かまくら祭りがあり雪囲いの小型化かまくらに明かりがともる懐かしい風景がここにある。
 源氏に追われた平家人の威力であろうか、湯西川には県境までの広大な地域すべてを共有財産区に指定されている。かなり前に湯西川国有林区域をめぐって、湯西川住民と国による裁判が実施され見事? 地元に軍配が上がり、国有地は湯西川のものとなった。平家伝説落武者亡霊はさまざまな人間に影響を与えている気がする。

 埼玉・群馬・栃木三県脊梁山地のイワナ地域を北関東エリア渓流群と呼ばれている。首都圏であるからシーズンインとなれば太公望たちによる往来で大変混雑する。下流にフライフィッシャーマン、ルアーで攻める釣り人、上流には餌釣りでイワナ釣る人、それは人、人、人の羅列がみられる。かの有名なかつて秘境といわれた奥利根さえマイボート釣行が重なり釣り人は絶えない。

 理由があって下野三依に移り住んで10年余、この地をベースキャンプ地として山釣りをやっている。最近、有名渓流の釣行は控えている。それは他の釣り人とのイワナ場鉢合わせを避けているからだ。それに北関東エリヤイワナ釣行はすでに調査済み、あの渓流イワナとの再会など夢のまた夢、昔の想いでなど望むことは不可能だからである。

 現在と40年前、イワナの魚影はどのくらいの差があるのだろうか。「1対100」と私は判断している。散歩コース内である男鹿川には天然生まれのイワナは全くいない。埼玉に自宅があった時代、地の利がある男鹿川釣行を重ねたもんだ。入門当時であるから今のようなイワナ釣りはできない素人釣り人であった。それでも1尺に近い天然イワナを釣り上げることができた。

 イワナのいなくなった原因は多々ある。この問題はここでは取り上げない。現在イワナの実情を考慮すれば、平家の落武者のような「落武者イワナ」がかろうじて源流の小渓流に残存棲息しているにすぎない。湯西川住民のような天から贈られた産物など皆無なのが、今のワナたちの孤立状態を物語っている。たった1パーゼントになってしまったイワナたちの争奪戦は今年も実施されようとしている。
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by yuuyuugaku-ueno | 2014-01-16 15:38 | 岩魚物語